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2003年8月 6日 (水)

「ファーストレンズマン」がシリーズ一か?

 思うところあって、新訳(小隅黎訳)のレンズマンシリーズを読んでいる。前期4冊が終わって、いま「ファーストレンズマン」を読んでいるが、昔とだいぶ印象が違う。翻訳のせいだけではなく、もっと本質的なところで再評価してしまった次第だ。

 ご存じの人も多いと思うが「レンズマン」のメインの話というのは、「銀河パトロール隊」「グレーレンズマン」「第二段階レンズマン」「レンズの子ら(子供たち)」の4巻である。「ファースト」は、後年シリーズに組み入れられた「3惑星連合軍」と先の4冊の間を埋めるためにかかれたブリッジ的作品である。子どもの頃に読んでいたときは、「何か蛇足みたいな話だなあ」と思っていたわけだが、今再評価することになった最大の理由は、むしろ「最後に書かれた」という状況によると思われる。
 シリーズものにありがちなことだが、レンズマンもけっこう行き当たりばったりに書かれていて、巻を追う毎に設定面も含めて熟成されてきたという感が強い。その意味では実質的な最終巻である「子ら」がいちばん完成度が高くていいはずなのだが、何しろ驚異的なご都合主義というか予定調和的なラストに向かって話が組み立てられているので、スペオペとして一番大事なはずの「ヒーロー性」とか「アクションの楽しさ」とかが決定的に欠けてしまっている。それに代わる魅力はもちろんあるのだが、キニスンの活躍に心をときめかせていた身にとっては、不満が大いに残る巻なのである。

 その意味で、「ファースト」は、テーマ的に書きたいことはすでに書いてしまっている、という気楽さからか、サムズやキニスン、またその子供たちの活躍ぶりが縦横無尽に描かれており、一方でレンズマン世界の設定面での魅力も過不足なく処理されていて、実に楽しく読めるのだ。
 特筆すべきなのは、実質的なヒロインともいえるサムズの娘・ジルの存在だ。本人が作中でいみじくも語っているようにまさに「将来レンズをもらう歴史上唯一の女性とは私は違う」のである。その女性とは、もちろん(キムボール)キニスンの妻であり「レッド」レンズマンであるクラリッサを指しているわけであるが、クリスが母性を象徴するような(ある意味では)優等生的なつまらないキャラなのに対して、ジルはまさに正反対。男勝りで行動的、一方で父を救うためには女の魅力を駆使して、敵の懐にも大胆に潜入していく。先にクリスを描いていたからこそありえた現代的な魅力のあるヒロインと言えるだろう。
 というよりも、そもそE.E.スミスの作品で、魅力的な女性キャラといえるほとんど唯一の存在ではないか、と思えた。
 (スミスにとっての本当の最後の作品である、『スカイラーク対デュケーヌ』には、最後にちょっと出るだけだが、似たような行動的な女性が登場しているのも特徴的だ)

 SFやスペオペの変化、現代性の獲得の萌芽のようなものがこの「ファースト」には伺えた、という意味で、興味深いことである。

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