再録・「液晶ドット落ちは故障じゃない」なんて誰が決めた
パソコン業界の談合体質に異論あり!!
1998年6月
先日、ノートパソコンを新規購入した。松下のレッツノートミニである。ここにいたる過程は「パソコン何でも日記」で書くつもりだが、実は関連して
重大事件が勃発したのだ。そう、購入したミニの液晶にドット落ち(つまり、液晶に点々とゴミが発生する)があったのだ。それも4カ所も。早速購入したラ
オックスに厳重にねじ込んだのだが「それは故障ではない。交換できない」の一点張り。泣く泣く帰ってきた。そこでハタと思った。「TFT液晶のドット欠け
や常時点灯は仕方がないもの。故障ではない」ということが、あたかも普遍の真実かのように持ち出されるが、そんなこと誰が決めたのだろうか。
1 消費者無視の液晶商売
この業界でまかり通っている「液晶のドット落ちは故障ではない」は、一種の談合体質のなせる技ではないか。もし、ドット落ちが非常に少ないのなら
ば、ドット落ちしているマシンは、初期不良交換すべきであるし、ものすごく多いのなら、そもそもそれは商品ではない。後者なら、展示品はすべて激しいドッ
ト落ちマシンにし、ユーザーに対して「液晶はこんなにひどいものだが、それでも納得して買いますか」と断ってから売るべきである。(ラオックスに展示して
あるミニは2台ともまともなマシンだった)
ラオックスの店員に「みんなそんな説明で納得しているのか」と聞いたら「怒ってお帰りになる人もいます」とのこと。語るに落ちるとはまさにこのこと。これを消費者無視といわずして何であるか。
2 ドット落ちマシンは、B級品として廉価販売しろ
同じ値段で、完動品とドット落ち品が売られていて、消費者は事前には選ぶことができないのは、どう考えてもまともな商取引とは思えない。100歩 譲ってドット落ちが出荷されることを阻止できないとするなら、販売店は全部の商品を事前にチェックし、ドット落ち品は「B級品」として、安価に販売すべき だ。安価であるなら、納得して購入する客もいるはずだ。
3 「故障ではない」という不思議
だいたいが、ドット落ちは故障ではない、という論理はそもそも成立しない。この論理が成立するのは、たとえばトリニトロンモニターのダンパーワイヤーの影の場合などだろう。これは、初めての人は間違いなく故障だと思うのだが、「仕様」なのである。
この場合は、すべての製品が同様に「影がでる」から「故障ではない」という論理が成立する。液晶のドット落ちの場合は、明らかに「正常の製品」と「不良
の製品」が存在するのだから、品質に差があるということだ。たとえば、クルマの世界で、塗装が一部はげているものがあり、「これは仕方がないからあきらめ
ろ」などということがまかりとおるだろうか。
4 ドット落ち問題の追求は価格の上昇を招くのか
ドット落ち問題を追求するとコストの上昇をまねくから、我慢すべきだとか、そこまでこだわるのは変だという人がいる。そうだろうか。
まず、「製造コスト云々」はメーカーの論理にスリよりすぎではないか、と
思う。どんな工業製品でも、製造技術を日夜研鑽して、より品質のよいものをより安い値段で提供しようとするのが当たり前。そこを「いまの技術ではここまで
しかできない」と送り手の側が勝手に決め、業界全体で談合して利益率を確保している、というのは変ではないかと思う。
たとえば、大変な企業努力の末「ウチは液晶パネルに関して厳しい基準を守っている。ウチのパソコンはドット欠けなく、しかも値段は同じ」とい
う本体メーカーが登場したりするのが、本来の資本主義だ。メーカーも販売店も業界をあげて「TFT液晶のドット欠けは仕方ない」と安穏としているのは、談
合体質以外の何者でもない。これでは逆に進歩がないのではないか。
5 「こだわる」ほうが「普通」の感覚だ
なぜそこまでこだわるのか、について。今まで使っていたシンクパッドは2年前の製品だがドット落ちはない。はるかに新しい新製品を購入したのに、
毎日見るディスプレイ部に今までなかった「キズ」があるというのは素朴に疑問ではないか。パソコンに詳しくない人なら、なおさらそう思うだろう。
そもそも、ドット欠けが「たいしたことではない」のなら、何でパンフレット等に「予めご了承ください」と明記(ただし小さい字で)してあるの
か。これは、普通の人が何の予備知識もなくドット欠け液晶を使ったら「おかしい」と感じるのが当たり前である、ということをメーカー自らが認めているとい
うこと。そのために事前に逃げを打っているわけだろう。
仮に「ドット無欠が当分困難である」という前提に立つのなら、いつまでも逃げを打つのではなく、ユーザーから不満が出にくいような方法をもっ
と前向きに考えるのが販売店やメーカーの義務ではないか。ばくち的に売って、文句が出なければ儲けもの、出た場合は「故障ではない」と強弁して追い返すと
いうのでは、送り手にとっても受け手にとっても不幸な状況だ。
液晶モニタ(ノートではなく独立したタイプ)やノートパソコンはパソコン関連商品が全般に売れない中で、数少ない成長分野である。特に液晶モニタはおそらくデザイン業界などにもどんどん普及していくだろう。それだけにもう少し「売り方」を考えるべきではないか、と思う。
少なくとも、LAOXでは、自分以外にも「怒って帰った」人が、かなりいたようだし、これからも出てくるだろう。彼らは、もしかしたら「二度とノートパソコンなど買うものか」と思ったかもしれない。これを不幸といわずして何だろう。
コンピューター業界のユーザー無視は、今に始まったことではないが、これはいくらなんでもひどすぎる。同じ値段を出しても、少数の人が貧乏くじを引く構造を温存しているのだから。少なくとも2の対応なら、販売店の判断ですぐに始められるはずだ。
ラオックスの店員や松下の社員は、自分が買ったパソコンがドット落ちしていても「故障じゃないから」と納得して使えるのだろうか。ぜひきいてみたい。
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