2008年12月29日 (月)

過去を振り返りつつ

現在、自宅のパソコン環境を整理している。
ずっと使ってきた手製のLINUXサーバーはいよいよ引退させ、すでに導入済みのアイオーデーターのNAS(レイド5 1.5テラ)に一本化。
メインのパソコンは、起動ディスクをSSDに載せ換え、メモリーを3ギガに強化。同時に、ずっと避けていたウィンドウズ・ビスタを部分導入(当面は、デュアルブートでxpと併用する)した。

それに絡んで、LINUXサーバーの奥に残っていた各種のファイルを整理整頓しようと思い立ったわけである。

ここまでに、いくつかのエントリーを書き込んだが、これらは、自宅サーバーでホームページを運営していた時代の記事の再録ということである。

こうやって、改めて読み直してみると、われながらむちゃくちゃなことを書いたと思うことがある反面、なかなか的を射ていた記事もあると感慨深い。

なによりも、メインの原稿の執筆時期が1998年ごろ。つまりもう10年たってしまったということに衝撃を受けた次第である。
1998年は、個人的に職場を変わったりして節目の年だったのだが、それからもう10年か。人生とは、と何か感傷的な気分になってしまった。
何もなしえていないような気がするし、何かをなしえるのが人生というものでもないだろう、とも思うし。

今後も、気が向いたら少しずつこのブログも更新していきたい。 

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2008年12月28日 (日)

再録・ADSLは「サービス」ではなく「ギャンブル」だ

 私が、回線状態の心配をすることをやめ、光ケーブルを引くことを決意した理由

 最近、迷いに迷ったあげく、自宅の回線をにしようと思いたった。理由はいくつかあるが、結局どんなサービスも現状では「過渡期」である以上、初期投資や維持費の安いものを選ぶのが一番ましか、と思ったから。現在ISDNを使っているため、電話番号が変わる可能性が高いがそれだけの価値はある、と判断した。が、大きな間違いであることを後で思い知らされることになる。

 なお、導入しようと思ったのは、NTTが直でやっている「フレッツADSL」というサービスである。専門のホールセラー(回線業者)とプロバイダ(僕の場合はニフティかアサヒネット)が組んでやっているサービスのほうが格安なのだが、敢えてフレッツにしようと思ったのは、次の理由。

 ISDNからの移行なので、フレッツならアナログへの変更とADSL工事が同時にできて、空白期間がないのが便利、と思ったのが1つ。また、固定IPアドレスが必要になったときにも都合がいい。なぜかと言うと、ニフティやアサヒネットはこういうサービスはやっていないが、他には月額2000円程度で固定IPをくれるプロバイダがあり、フレッツの場合はプロバイダの乗り換えが非常に簡単にできるから。

 なお、申し込みは、ニフティのホームページから行った。166に直接電話する方法もあるが、ニフティ経由だと利用権3000円分が付くため。

繋がらなくても「工事費用は払え」

我が耳を疑う対応

 申し込みの時点で、コンサルティング希望日として8日後以降の日付を書け、ということで記入しておいたが、希望日を2日過ぎても連絡なし。こちらからホームページの番号に電話すると、恐縮した感じで「すぐにNTTからかけさせます」、1時間後くらいに「東京パートナー」という会社から電話あり。なんで「東京パートナー」なのかが不明。ただ、口振りではNTTの人としか思えない。(NTTの子会社みたいな扱いのようだ)

 で、びっくりしたのが、その内容。からアナログ回線に戻すので、電話番号が変わるのはしょうがないものの(これだって、配慮はないのか、とも思うが)、変更後の電話番号を調べますといって、しばらくたってからかかってきた電話では「工事費がかかりますが、リンク切れや速度がとても遅い可能性がある。その場合でも工事費は返さない。それでもいいか」と言明される。「それはまったく通じなくても返さないという意味なのか」ときくと「そうだ」との返事。「それは、僕の地区(武蔵野市)だけの問題なのか、ADSL全体の一般的な問題なのか」ときくと、それには直接答えず「実際に工事をやってみるまではわからない」と言い張る。

 いやー、これがお金をとって天下のNTTが販売している「商品」なのか「サービス」なのか、と唖然・呆然とした次第。

 根本的な誤解があるような気がしつつ、少し考えます、と言って電話を切る。で、いくら何でもこんないい加減なサービスに申し込むのは消費者として間違っている、と思い、自分への決断を促す意味で「Bフレッツ」(光ファイバー)の申し込みをホームページで実行。その後、先の「東京パートナー」に電話をするが、話中でつながらず。正式な断りの電話を近々いれようと思っている、という次第。

「通じるかどうか」まで「ベストエフォート」

液晶ドット落ち事件以来の衝撃

 「通じるかどうかまでもがベストエフォート」なのか、と腹がたった。ところが、その後ニフティの会議室等で情報収集に努めたところ、本当に「ベストエフォート」であるらしい。

この場合の「工事費」というのは、ISDNからアナログへの変更・復帰、ADSLの設定・解除と2系統の経費がかかるということだが、前者が戻ってこないのは多少はやむを得ないとしても、後者も戻ってこないケースが多いらしいのだ(交渉によって請求されなかったケースもあるらしい)。

 それどころか、僕のように事前に危険性を教えてくれたのはむしろ「良心的」であり、工事はしたが繋がらず、あるいは極端に速度が遅い、とかで怒っている人もたくさんいると言う。

一方で、「ギャンブル性があるが故に、あんな低価格で提供されている。うまくつながればすごく得するわけで、それがわからない人はADSLを申し込むべきではない」とか「繋がろうが繋がるまいが、工事の経費はかかる。あなたが負担しなければ、誰かが負担することになるのだ」というようなNTTより・業者よりの論調があふれているのも、非常に気になった。これは言ってしまえば「不良品を返品すると、そのコストが他の消費者にかかるからクレームをつけるべきではない」という論法ではないか。

あるいは、「完全無欠の液晶を要求すると、今の値段の10倍になる。だから我慢すべき」とかユーザーから言われた「液晶ドット落ち問題」との類似性を非常に感じる。なんで、パソコン好きの人々は、「消費者」じゃないのだろうか。

いやしくも、お金をとってサービスを提供しているのである。「まったく繋がらなかった場合」と「(たとえば)ISDNよりも遅い場合」は工事費はNTT(あるいは他の回線業者)負担で、返金すべきだ、とつくづく思った。それが企業努力というものだろう。

ただ、液晶ドット落ち問題と違うのは、この場合は、工事をする前に「やめる」という選択肢が用意されている点。その意味で、ギャンブル性は高いが、「ギャンブルである」ことが事前にわかっているの点は、よりましである。とにかく、ADSLの根本的な「曖昧さ」「商品ではないこと。ギャンブルであること」は、もっとちゃんと世間に知らしめる必要がある、と切に思う。

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再録・著作権システムへの挑戦状!!

今インターネット界を「MP3」という名の妖怪が徘徊している

 僕が、MP3の名を知ったのは、作家兼音楽家のたくきよしみつ氏からである。3ヶ月くらい前のことだ。「とにかくすごいんですよ。レコード会社など業界が全力で存在を隠しているから一般には知られてませんが、マニアの間ではたいへんなことになってます」。
 ようするに、DVDでも使われている圧縮技術(MPEG)を応用し、音楽をデジタルデータ化するということである。正直言ってその時は、それほどの大事件とも思っていなかった。

 しかし、その後レッツノートミニと同時に購入した解説本(「レッツノートナビゲータ2」ソフトバンク刊)にかなりのページを割いてMP3関連の記述があったのを見て、少しいじってみることにした。
 すぐに自分の不明を恥じた。確かに「すごい」。まず音質が驚異的だ。オンラインソフトのプレイヤーでネットワーク上から取ってきたファイルを再生してみ たのだが、適当なヘッドフォンで聴く限り、ウォークマンのレベルは十分に超えている。CD並みというと言い過ぎだが、ノートパソコンのいい加減なサウンド チップで再生していると思うとちょっと信じられない。
 そして、なんと言ってもファイルサイズがわずか1曲あたり3~4Mバイトというのがすごい。これなら確かにインターネットで十分配布可能だ。
 で、実際に世界中のマニア達が、手持ちのCDを次々とMP3化して(ファイル変換自体はオンラインソフトで簡単にできる)、インターネット上でばらまい ているわけだ。これは音楽業界が仰天するのも無理はない。デジタル化したデータは、その瞬間に全く劣化なしに、いくらでもコピー可能になる。しかもそれに インターネットが加われば、著作権保護など風前の灯火である。
 実際には、各プロバイダとも「.mp3」の拡張子のついたファイルは無条件で削除するなど(これはこれでとんでもないことだ)、対策に躍起である。だ が、こういった対策は後手に回るのが世の常。マニア達は拡張子を変えるなどして、相変わらずMP3ファイルを続々とネットワークにアップしている。

ハードメーカーにも脅威
アダルト以来のインターネット第2の衝撃

 ここで重要なのは、影響は音楽業界など著作権フォルダーに限らないことだ。考えてみて欲しい。MP3ファイルは単なるパソコンのファイルで、どん な媒体にもコピー可能なのだ。もはや、音楽はCDとかMDとかハードメーカーが提供したお仕着せの媒体に依存する必要がなくなったということなのである。
 現に、秋葉原では韓国製のMP3専用再生機が4~5万円で売られ、大変な人気だと言う。これは、フラッシュメモリにパソコンからMP3ファイルをコピー して再生するだけのもの。可動部分がないから、音飛びは原理的に起きない。過去の如何なる「○○マン」より携帯に向いていると言える。だが、著作権的に疑 義のあるMP3プレイヤーを一流のメーカーが売り出す訳にはいかない。MP3はハードメーカーからも目の敵にされる宿命なのだ。
 ここで確認しておくが、現在のMP3ブームは著作権的には「真っ黒」である。CDをMP3化してアップするのが著作権を踏みにじっていることはもちろん だが、単に自分の手持ちのCDをMP3化して自分自身が聴くだけでも著作権法に抵触する可能性が濃厚だ。なぜなら、現在の著作権法では、「個人的・家庭内 の使用」であっても「デジタル録音」に関しては、レコードなどアナログ機器より一段厳しい規定を持っているからだ。全業界がMP3を抹殺しようとしている のは、ある意味で当然なのだ。
 MP3をアップしているホームページには「ダウンロードした人は、48時間以内にCDを買えば大丈夫」と書いているものがあるが、まったく根拠はない。
 だが、断言する。業界の必死の対策にも関わらず、MP3は決して死なない。なぜなら、パソコンやインターネットの技術は、人類が生み出したあらゆる文化 をデジタル化し、どこでも誰でも享受できるようにする、という明確なベクトルを持っているからだ。ノートパソコンが1台あれば、自分が作ったファイルのみ ならず、地図も、辞書も、そして好みの音楽まで持ち運べる、あるいはネットワークから好きなときにダウンできる、この快適さを味わった人は、二度と前の不 自由な生活には戻れない。

 インターネットは、アダルトコンテンツによって第一のブームを迎えた。それには、もちろん光と陰があった。同じ意味で、今年MP3が最大のブームになるのは間違いない。というより、もうなっている。
 これまた断言するが、この調子だと「映画・映像」をデジタル化してネットワークで配布できるようになるまで、そう時間はかからないに違いない。21世紀に向けて、この圧倒的な「デジタルの波」と著作権問題をどう整合させていくのか。悩ましくもおもしろい時代の始まりだ。


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再録・「液晶ドット落ちは故障じゃない」なんて誰が決めた

パソコン業界の談合体質に異論あり!!

1998年6月

 先日、ノートパソコンを新規購入した。松下のレッツノートミニである。ここにいたる過程は「パソコン何でも日記」で書くつもりだが、実は関連して 重大事件が勃発したのだ。そう、購入したミニの液晶にドット落ち(つまり、液晶に点々とゴミが発生する)があったのだ。それも4カ所も。早速購入したラ オックスに厳重にねじ込んだのだが「それは故障ではない。交換できない」の一点張り。泣く泣く帰ってきた。そこでハタと思った。「TFT液晶のドット欠け や常時点灯は仕方がないもの。故障ではない」ということが、あたかも普遍の真実かのように持ち出されるが、そんなこと誰が決めたのだろうか。

1 消費者無視の液晶商売

 この業界でまかり通っている「液晶のドット落ちは故障ではない」は、一種の談合体質のなせる技ではないか。もし、ドット落ちが非常に少ないのなら ば、ドット落ちしているマシンは、初期不良交換すべきであるし、ものすごく多いのなら、そもそもそれは商品ではない。後者なら、展示品はすべて激しいドッ ト落ちマシンにし、ユーザーに対して「液晶はこんなにひどいものだが、それでも納得して買いますか」と断ってから売るべきである。(ラオックスに展示して あるミニは2台ともまともなマシンだった)
 ラオックスの店員に「みんなそんな説明で納得しているのか」と聞いたら「怒ってお帰りになる人もいます」とのこと。語るに落ちるとはまさにこのこと。これを消費者無視といわずして何であるか。

2 ドット落ちマシンは、B級品として廉価販売しろ

 同じ値段で、完動品とドット落ち品が売られていて、消費者は事前には選ぶことができないのは、どう考えてもまともな商取引とは思えない。100歩 譲ってドット落ちが出荷されることを阻止できないとするなら、販売店は全部の商品を事前にチェックし、ドット落ち品は「B級品」として、安価に販売すべき だ。安価であるなら、納得して購入する客もいるはずだ。

3 「故障ではない」という不思議

 だいたいが、ドット落ちは故障ではない、という論理はそもそも成立しない。この論理が成立するのは、たとえばトリニトロンモニターのダンパーワイヤーの影の場合などだろう。これは、初めての人は間違いなく故障だと思うのだが、「仕様」なのである。
 この場合は、すべての製品が同様に「影がでる」から「故障ではない」という論理が成立する。液晶のドット落ちの場合は、明らかに「正常の製品」と「不良 の製品」が存在するのだから、品質に差があるということだ。たとえば、クルマの世界で、塗装が一部はげているものがあり、「これは仕方がないからあきらめ ろ」などということがまかりとおるだろうか。

4 ドット落ち問題の追求は価格の上昇を招くのか

 ドット落ち問題を追求するとコストの上昇をまねくから、我慢すべきだとか、そこまでこだわるのは変だという人がいる。そうだろうか。
まず、「製造コスト云々」はメーカーの論理にスリよりすぎではないか、と 思う。どんな工業製品でも、製造技術を日夜研鑽して、より品質のよいものをより安い値段で提供しようとするのが当たり前。そこを「いまの技術ではここまで しかできない」と送り手の側が勝手に決め、業界全体で談合して利益率を確保している、というのは変ではないかと思う。
 たとえば、大変な企業努力の末「ウチは液晶パネルに関して厳しい基準を守っている。ウチのパソコンはドット欠けなく、しかも値段は同じ」とい う本体メーカーが登場したりするのが、本来の資本主義だ。メーカーも販売店も業界をあげて「TFT液晶のドット欠けは仕方ない」と安穏としているのは、談 合体質以外の何者でもない。これでは逆に進歩がないのではないか。

5 「こだわる」ほうが「普通」の感覚だ

 なぜそこまでこだわるのか、について。今まで使っていたシンクパッドは2年前の製品だがドット落ちはない。はるかに新しい新製品を購入したのに、 毎日見るディスプレイ部に今までなかった「キズ」があるというのは素朴に疑問ではないか。パソコンに詳しくない人なら、なおさらそう思うだろう。
 そもそも、ドット欠けが「たいしたことではない」のなら、何でパンフレット等に「予めご了承ください」と明記(ただし小さい字で)してあるの か。これは、普通の人が何の予備知識もなくドット欠け液晶を使ったら「おかしい」と感じるのが当たり前である、ということをメーカー自らが認めているとい うこと。そのために事前に逃げを打っているわけだろう。
 仮に「ドット無欠が当分困難である」という前提に立つのなら、いつまでも逃げを打つのではなく、ユーザーから不満が出にくいような方法をもっ と前向きに考えるのが販売店やメーカーの義務ではないか。ばくち的に売って、文句が出なければ儲けもの、出た場合は「故障ではない」と強弁して追い返すと いうのでは、送り手にとっても受け手にとっても不幸な状況だ。
 液晶モニタ(ノートではなく独立したタイプ)やノートパソコンはパソコン関連商品が全般に売れない中で、数少ない成長分野である。特に液晶モニタはおそらくデザイン業界などにもどんどん普及していくだろう。それだけにもう少し「売り方」を考えるべきではないか、と思う。

 少なくとも、LAOXでは、自分以外にも「怒って帰った」人が、かなりいたようだし、これからも出てくるだろう。彼らは、もしかしたら「二度とノートパソコンなど買うものか」と思ったかもしれない。これを不幸といわずして何だろう。

 コンピューター業界のユーザー無視は、今に始まったことではないが、これはいくらなんでもひどすぎる。同じ値段を出しても、少数の人が貧乏くじを引く構造を温存しているのだから。少なくとも2の対応なら、販売店の判断ですぐに始められるはずだ。
 ラオックスの店員や松下の社員は、自分が買ったパソコンがドット落ちしていても「故障じゃないから」と納得して使えるのだろうか。ぜひきいてみたい。


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再録・秋田書店は版元失格!!

「サイボーグ009」の文庫版はマンガ文化への冒涜だ

1998年6月

「サイボーグ009」は言うまでもなく、SFマンガの大傑作である。というか、日本のヒーローものの定型を確立した歴史的作品と言っていい。現在、 秋田書店から当時から続く単行本(サンデーコミックス版)と文庫版が出版されている。問題なのは文庫版である。およそ版元としての最低限の常識も持ち合わ せない最低の出来なのである。なぜ世間で弾劾されないのか理解に苦しむ。

むちゃくちゃな収録順

 まず仰天するのが第1巻。おなじみの「世界各地からブラックゴーストが身よりのない人々を誘拐してくる」というオープニングではなく、「いつもの メンバーが世界各地からまた集まってくる」という不思議な展開からスタートする。ようするに、これはオリジナル(というのもヘンだが)の「009」ではな く、後年2度目のテレビシリーズ化か何かに合わせて書かれた何の価値もないアウトサイドストーリーなのだ。過去を知らない新しい読者が「これが009の始 まりだ」と誤解したらどうするのだろうか。
 で、4巻目あたりから「誕生編」という不思議な名前でオリジナルが始まるのだが、いい加減クズのような話を読まされた後なので、感動が7割方薄れてしま う。で、しばらくまともな順番が続いたと思ったら、その後はまたまた、意味不明のアウトサイドストーリーがめちゃめちゃな順番でまた続くのである。(「こ の間の事件には呼んでもらえなかったなあ」とかいうセリフの出たエピソードの後に、その「この間の事件」のエピソードが収録されていたりするのだ)

初出の記述が一切ない

 もしかしたら、何らかの都合で順番をめちゃくちゃにせざるを得ない事情があったのだろうか。だとしても許せないのが、初出の記述が一切ない点だ。 読んだ記憶のない妙なストーリーが延々続くので、これは「少女コミック版では」とか「マンガ少年か」とかいろいろ思うのだが、確認のしようがない。「クビ クロ」とか時間漂流の話など、オリジナルで読んだ記憶がある話が後のほうに収録されていたりして、混乱することこの上ない。
 秋田書店は、単行本を出すときには初出を明記するという、基本中の基本すら知らないのだろうか。だとしたら、出版社を名乗るのを今すぐやめるべきだ。

なぜ「天使編」が収録されないのか

 極めつけが、「天使編」の不収録である。子供のころ、わくわくしながら読み進み、いよいよというところで「もう少し時間をください」という作者か らのメッセージを見せられたときの落胆と不思議な感慨。当然もう一度味わえるものと信じていたのに、いくら先を買っても出てこない。
 未完ということで収録を見送ったのだろうか。だとしたらとんでもない不見識である。「009」は、未完の「天使編」を含めてある意味で「完結」している 作品なのである。作者の意向だったのかもしれないが、そのまま受け入れたのなら出版社として矜持がなさすぎるし、どうしても外さざるを得なかったのなら、 最低事情説明があってしかるべきであろう。にしても、今も版を重ねているサンデーコミックス版ではきちんと収録されているのだから解せない話だ。

 ここまで著名なマンガの場合、もはや作者や版元が勝手に弄ぶことは許されない。読者も含めて一種の共有財産であるととらえるべきである。どういう 裏の事情があったにせよ、何のことわりもなくいい加減きわまりない形態で出版するというのはマンガ文化への冒涜であると言っていい。

 ここではっきりと言っておきたいが、いかに「石ノ森先生」が描いたものであっても、傑作と駄作ははっきりとある。「009」が「009」であるの は「天使編」までであり、その後描かれた様々なアウトサイドストーリーは付け足しでしかない。残念ながら駄作の部類である。作家には描くべき時期と描くべ き素材があるのだから、これは別に不名誉でも何でもない。文庫版「009」はなまじ後年のエピソードを大事に扱おうとして、逆に作者の名誉を汚しているの である。
 秋田書店に良心のカケラが残っているのなら、「天使編」までのエピソードをキチンと発表順に収録した「定本009文庫」を一刻も早く出版してほしいものだ。


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再録・配収NO.1映画「タイタニック」を徹底批判する!!

世の中には「描いていいこと」と「悪いこと」がある

1998年6月

映画「タイタニック」を観た。気持ち悪くなった。僕にとっては史上もっとも不愉快な映画だった。以下なぜそう感じたかの理由を書いてみたい。

1 タブーを描くことが本当に「正しい」のか

 この映画の特徴は、第一にタイタニックが沈没していく過程をCGと特撮を駆使してリアルに描いたことである。確かに立派なものだ。人類はついに「空想ドキュメンタリー」とも言うべき力を手に入れたといってもいい。

 しかし、「何でも描けるようになった」ことと「何でも描いていい」とは全然違う。新しい技術を入手したからこそ、それを使う側には自ずとその使用に関しての「倫理」「哲学」が必要になると思う。

「タイタニック」で描かれているのは、人間の命に関する「究極の選択」問題である。「カルネアデスの筏」(記憶曖昧)という思考実験がある(らしい)。海に浮かんでいる筏に一人がしがみついている。筏は小さくかろうじて一人しか支えられない。そこにもう一人の遭難者が泳いで来たらどうするのか、と いうものだ。自分の命を守るためなら、他人を犠牲にしてもよいのか……。

 結論から言おう。これは「タブー」なのである。触れてはいけないことなのだ。理由は簡単だ。解決策がないからだ。この思考実験をいくら繰り返しても、何の建設的思考も生まれない。単に非常に不愉快な気分になるだけだ。ましてや、タイタニックの乗客達はこの問題に正面から直面させられたのだ。ここには何の教訓もなければ、正解もない。生き残った人々はただその体験を忘れたいと念じるだけだったろう。現場でどんな悲劇が起こったのか、それは「言わぬが華」である。

 仮に「タイタニック」を観た観客が、「自分だったらどうしただろう」と考えたとする。見事に回答はないのである。ああいう場に居合わせないで一生を終わることを心から願うだけだ。

 しかも、もっと大きな問題は、この物語が「事実」である点だ。あまたの冒険活劇やパニック映画では、常に「逃げまどう人々」を描いてきたが、これらはあくまでフィクションである。どんな悲劇を描いたところで、絵空事であるという保証があるし、「死に直面した人々の勇気」とかをヒロイックに喧伝しても、大きな害はない。だが、事実としての沈没事件をリアルに再現するということは、事件の関係者には哀しみを、無関係な人々には不愉快な気分を与えるだけで何の意味もない。

2 リアルな史実描写が「単なるラブストーリー」に奉仕するあほらしさ

「タイタニック」の事件に関して、多くの人は乗客がどうやって死んでいったか、ということに関して曖昧なイメージしかもっていなかったはずだ。映画「タイタニック」では、海に振り落とされた人々が一人ずつ凍え死んでいく光景を執拗に見せる。正直に言って、インパクトのある映像である。しかし、これをもって「初めて歴史の真実を描いた」と言うバカもいるが、まったく見当はずれだ。これは単なる「残虐趣味」である。

 たとえば、「天空の城ラピュタ」では、高空から海面に振り落とされている悪漢達、というシークエンスがあるが、まったくのフィクション・ファンタジーであるにも関わらず、「海面にたたきつけられる人間」という残虐映像を描写することは避けている。これは「甘い」のではなく「自制心」のたまものであろう。なんでも刺激的であればいいというわけではない。

 別の例を挙げよう。山奥に不時着した飛行機の乗客達が、死体の肉を食べて生き延びた、という事件があったとする。これに対して部外者が何かコメントをする事が可能だろうか。ましてや、劇場大作にして全世界に興味本位に広めることが許されるだろうか。あなたはそんなものを観たいですか? 観たい人もいるかもしれない。それはある意味で人間の暗黒面である。だが、それはやってはいけないことなのだ。

「タイタニック」がやったことは同じである。

 もしこういう興味本位の映像を生み出すことに何らかの正当性が与えられるとすれば、それは、その映像に「描くべきテーマ」がある場合だけだ。というか、なければ描いてはいけないのだ。

 もちろん、「タイタニック」事件を記録すること、表現することの唯一の意味は「あの悲劇を繰り返さないために」というテーマに貢献できる場合である。

「こういう絶望的なことを2度と起こさないために、事故の原因や責任をはっきりさせる。人類がいかにおろかか、科学や技術は過信してはいけないか」月並みだが、こういうテーマを正面から訴えるのではなくては、生者・死者への冒涜にもなりかねない映像を実現する意味はない。

 それをたかが陳腐なラブストーリーを「彩る」ために奉仕させるとは、何をかいわんやである。

3 監督はやってはいけないことで、ヒットを勝ち取った

 沈没によって人々が「虫けら」のごとく死んでいく。これは映像として大変なインパクトがある。しかも「事実である」ということで、衝撃は倍増する。映像作家にとって、こういう仕掛けを使えれば、それはラクだ。苦労してドラマを考える必要が一切なく、少なくとも「ショック」という意味では最高の仕掛けが得られるのだから。

 いままで「タブーを犯した」だとか「テーマがない」とかさんざん述べたが、監督は確信犯なのだと思う。「沈没をリアルに描くこと」がもたらす映像的インパクトに頼ることを意識的に選択したのである。

 これが、作家としてのキャメロンを絶対に許せない点である。ラブストーリーが描きたいのなら、他にいくらでも舞台があるではないか。物語の構造としては、「マイ・フェア・レディ」のようなものだが、それがフィクションとして描ききれないとすれば、作家としての無能を意味しているとしか思えない。

「禁じ手」を使っての最高配収に価値があるとは思えない。

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2008年12月27日 (土)

2002年3月までの日記

「神狩り」再読
「SFジャパン」で「神狩り2」の連載(ではないらしいが)が始まったのを受けて、20年ぶりくらいに山田正紀の「神狩り」を読み返した。

もっと古びた感じがするだろう、と思っていたのだが、意外にすんなり読めてびっくり。
「連想コンピュータ」なんていう怪しげなガジェットも、IT化の進んだ現代で読んでもほとんど違和感がない。

「人間には、自分が想像できるものしか物語れない」というのは、(本作のテーマにもなっているくらいで)絶対の真理だと思う。

いや、おおげさなことではなくて、SFで超越的な存在を描こうとすると、思わせぶったあげく、結局「進んだ科学を持った宇宙人」みたいな竜頭蛇尾 の種明かしで終わってしまうのはこのせいである。「幼年期の終わり」とかその典型例だし、「009」の天使編が続けられなかったのも同じ理由だろう。

実は、「神狩り」の初読の時は、同じ不満をもっていたのだが、読み返してみると、案外「迫ってるなあ」という印象が強い。神そのものを描こうとせ ずに、「人間に理解できない言語を操るもの、それが神では」という外堀からのアプローチをしかもミステリータッチで描くことで、ラストまでけっこう読ませ てしまう。

「神とは、人間の脳という媒体に宿るソフトではないのか」みたいなアプローチをした「ブレインバレー」が最近のこの手の小説の成功例だと思うが、「神狩り2」がどこまで到達するのか、非常に楽しみだ。

前作で「予感」で終わらせている以上、必然的に今回は正面から「神を狩る」シーンを描かなければいかないわけで、結局超能力戦みたいなものに堕していかないか、興味は尽きない。
2002年03月30日 16時37分38秒

サムライ・レンズマン読了!!
なかなか更新できないので、いきなり方針を変更。今後は読んだ本の感想を書くことにする。

昨日読了したのが「サムライ・レンズマン」(徳間デュアル文庫)
これが思わぬ拾いものだった。

最初はレンズマンワールドの設定を借りた、登場人物が全然違う外伝的作品かと思っていたのだが、まさか正編の主要キャラが総登場とは。それぞれに、過不足なく見せ場が用意されていて、非常に感心した。特にキニスンの性格描写は、正編よりもキニスンらしい(?)くらい。

お話も、小さいエピソードの連続で語られていてちょっとダイナミズムに欠けるのだが、逆にそこが正編の雰囲気をよく踏襲しているとも言える。文体も実にそれらしく、何でも作者は意図的に「小西宏訳」の翻訳文体をまねしたとか。

「レンズマン哲学……自分を殺して全体に奉仕する」というまあ、実にアメリカらしい価値観が正編のテーマでもあるわけだが、本作では、そこをきち んと踏襲した上で、「そんなバカなこと言ってないで、自分に素直に生きたらどうなの」という「現代的? 価値観」を主人公(キャット)に体現させているの が非常によい。新しいレンズマンを生み出した意味がちゃんとあるのだ。

ラストのクライマックスで、銀河調整官としての任務にがんじがらめになっていたキニスンがキャットの一言でいきなり昔に戻り、「自分で自分の任務 を解除」(このあたりの世界観のとらえ方は最高)し、死にに行ったサムライ(名前忘れた)をドーントレス号を駆って助けに行こうとする。
で、「この任務は、自分の個人的なこだわりでやることだから、志願者のみで行う」とか宣言すると、パイロットのヘンダーソン(だっけ)が「そん なこと確認する必要はありません。全員QX(OK)です」て答える、ていうあたり、実に燃える展開。はっきりいって正編より「人間ドラマ」だ。

ただ、この企画、正直言って「デュアル」の枠で出すのはすごくもったいない。なんて言うか、あの構えであのイラストじゃ、心あるレンズマン・ファ ンは、九分九厘「まがい物」「タイトルだけ似せたあやかり企画」だと思って買わないだろう。せっかく、きちんと許諾を得て書かれた「正統な続編」なんだか ら、そういう雰囲気で出して欲しかった。ハードカバーでイラストはもっと重厚なもので(加藤直之とか。真鍋博は死んでいるから使えないけど)。


関係ないけど、僕の長年の疑問というのがあって、「レンズマンシリーズ」では、1巻目の「銀河パトロール隊」の中で、キムボール・キニスンは、一 足飛びに「グレー・レンズマン」から「第二段階レンズマン」へと二階級特進しているのに、何で書名では2巻目が「グレー・レンズマン」で3巻目が「第二段 階レンズマン」なのか。書名だけ見ると、普通は、2巻目でグレーに、3巻目で第二段階になった、て誤解しちゃうよなあ。

僕の中では、「ワイルド7」が一貫してなぜ実質的に「5人」なのか、というのと並ぶ解けない疑問シリーズ。

「サムライ……」を読みながら、こんなことも思い出したのだった。
2001年12月21日 23時00分51秒

2001-2-10 ジョルナダ720も欲しい
シグマリオンは、基本的にはまあ気に入っている。
ただ、カバンから取り出して、すぐに通信といかないのはたまに不満に思うこともある。

先日、あるパソコンマニアの集まりで、ジョルナダ720を使っている人に会った。彼いわく「ウェブブラウズが実用的な速度で使えるのが便利」

確かに、シグマリオンのブラウザーは遅い。ローカルのファイルを表示させてもすごく遅いので、通信の問題ではなく、ブラウザないしは本体の処理速度の問題であるのは明かである。
しかも、ジョルナダ720なら、コンパクトフラッシュ用のスロット以外にPCカードスロットがある。ここにDDIポケットのカード型PHSを挿せば、憎きNTTドコモの力を借りずとも便利な挿しっぱなしの通信環境が実現する。

だが、問題もある。
第一に値段が高い。10万円近くする。
次にCPUがストロングアームとかいう非常にマイナーなもののため、対応していないソフトが結構ある。
一番気になるのは、最近便利に使っている地図ソフト(マップファンCE)が未対応な点である。

特に2点目は気になるところだ。

かくして、日々悩み苦しんでいるというわけである。
2001年02月11日 00時15分30秒

2001-2-1 シグマリオンその後
全然更新していなかったが、正月に会った友人たちから、「読んでる」という情報を得たので、今後はまた、気を取り直して日記だけは書く。

問題のシグマリオンは昨年末に結局買ってしまった。で購入早々にぶち当たった問題が、P-INコンパクトとの相性問題。おかげで、あれこれ苦戦したために、1ヶ月の通信料が1万円以上になってしまった。

あまりに頭に来たので、エッジを購入。ケーブル接続で通信することに。やってみると、一つしかないスロットには、コンパクトフラッシュを挿しっぱなしにでき、メールや地図ソフトのデータ等を入れられるので、かえって便利な面もある。
もちろん、通信速度も接続状況も非常に安定しており、P-INコンパクトとは大違いである。
カバンから取り出してワンタッチで接続、というわけにはいかないが、これはまあしょうがない。
思わぬ副産物として、エッジ(松下製)に付属している「Eメール自動受信機能」がムチャクチャ使いやすい、という発見もあった。Jフォンだと、長 いメールは一定の文字数で切られてしまい、続きを読む場合は手動で接続操作をしなくてはならない。しかも、これが実に遅いのである。
それに比べると、エッジは勝手にどんどん読んでおいてくれるので、ほとんど常時接続感覚である。受信メールの件数が20件と少ないのが玉に瑕だが、まあこまめに消せば気にならないし、いずれ新型の「フィールエッジ端末」に機種変更すれば解決する問題だ。
結局、常時携帯する電話機も、Jフォンからエッジに変えてしまった。

もちろん、使いものにならない、P-INコンパクトは速攻で解約したのは言うまでもない。

その直後、NTTドコモから、シグマリオンの無償回収・修理のアナウンスがあったわけだが、もはや何の興味もなく、申し込みもしなかった。

結論として、今後、何があってもNTTドコモ製品は買わない、という決意をした次第。細かいことになるが、NTTドコモのPHSの料金体系は非常にわかりにくく、その面でも不信感があった。

余談になるが、ドコモのことを憎悪している割には、シグマリオンといい、その前に愛用していたモバギFORドコモといい、なんかドコモ製品と縁が できてしまう。商品の企画力はDDIポケットよりずっとあるのだが……。PHSにしても、コンパクトフラッシュ型端末とか、Pリンク機能付き端末とか、 DDIにない発想の製品を出している。

が、しかし、もう二度と買わないと決めたので、何があってもドコモ製品は買いません。自分の中では、ラオックスに次ぐ「二度と買わない」宣言だ。
2001年02月01日 23時33分43秒

2000-10-14 シグマリオンが欲しくてたまらない
カバンを軽くするために、ポシェットタイプの小さいカバン(A5横くらい)を買った

そこで、モバイルギアよりさらに小さく軽いキーボード付PDA、しかも親指シフト可能のものをと思ったているのだが、その条件に当てはまるのは、ジョルナダ680&690しかない。

そこへシグマリオンの登場。欲しい、安い(下手すると4万円台)だけに、すぐにでも衝動買いしそうなのだ。

ただ、少し冷静になって問題点も洗って見る。

1.ドコモ以外の携帯電話が使えない。また、サイズの点で、最近愛用しているSIIのカード型PHSも使えない。つまり、新たにP-INコンパク トを買ってドコモのPHSに加入しなければ、実質的には使えないことになってしまう。長年のDDIポケットユーザーとしては複雑な気分がある。

2.CE2.1ベースのため、付属のIEがすごく遅いらしい。

3.コンパクトフラッシュスロットが1箇所しかないため、ストレージ系のカードと通信系のカードを同時使用できない。


という感じ。これらの論点を考えると、(ブラウザの遅さは変わらないが)ジョルナダのほうがまだまし、という結論になる。しかし、値段を考えるとやはり悩む……ということになる。

結局、ジョルナダの新機種720の日本語版登場を待ちつつ、もう少し悩もう、という結論である。
2000年10月24日 17時36分30秒

2000-02-07 モバギforドコモ復活!!
この間、壊れてしまったと書いた「モバイルギアforドコモ」だが、実は復活してしまった。
というか、そもそも全然壊れてはいなかったのである。

なぜ分かったかと言うと、新しいMK-32がドコモと同じような症状で、起動不能になってしまったのがきっかけ。これは冗談ではない、とアレコレいじっているうちに、副電池(ボタン電池)が切れていただけであることが判明したのである。

もしかしたら、とドコモのほうの副電池を交換してみたところ、あっけなく復活してしまった。

モバイルギアは、メインの電池が新品でも、副電池が消耗していると安全回路? が働いて、起動自体が不能になる「仕様」だということが分かったと いう次第。ドコモ版が壊れたと思いこんだ時にも実は、副電池の交換も行っていたのだが、なぜか交換した新品の筈のボタン電池が消耗していた、という2重の トラブルで、原因がつかめなかったのである。まったく情けない話だ。

というわけで、2台のモバイルギア持ちになってしまったわけで、使い分けに困る日々である。携帯アダプタがやはり便利なので、今はドコモ中心に なっている。ただ、近々SIIのカード型PHSを入手予定なので、それが来たところで、MK-32に刺しっぱなしにして、RAMディスク運用だけの通信専 用マシンに仕立てるつもりである。
2000年02月08日 00時03分24秒

2000-1-10 MK-32を購入!!
すごく調子がいいなあ、と思っていたモバイルギアFORドコモが突然起動不能になってしまった。
裏蓋リセット等をいろいろ試すが復活せず。どうも、25MHz駆動をさせていたのがハードに負担だったような気がする。

悩んだ挙げ句に、新宿ヨドバシカメラで「MK-32」(DOS版モバイルギアの最新モデル、といっても廃盤寸前)を衝動買いしてしまった。5万円 ちょっとだが、ポイント還元を考えると、(他で販売が確認されている唯一の店である)ツクモ電気の49800円よりは少し安い計算である。
MK-32とFORドコモの最大の違いはメモリで、MK-32は6MBとドコモの3倍もある。あと、携帯電話アダプタの代わりに14400の通常モデムが付くだけ。

MK-32はずっと欲しいと思っていたのだが、「6メガのメモリに5万円払うのか!!」 と思って我慢していた次第。今回の事件で、買ってしまう口実ができて、実はうれしかったりする。

で使い勝手だが、内蔵メモリが大きいため、カードスロットを空けてPHSカードを刺しての通信が可能になったのは実にありがたい。携帯電話アダプタがないことと差し引いても遙かにメリットが大きい。
これなら、CEとかは全然いらない感じだ。
2000年01月21日 15時16分19秒

99-12-22 リモートアクセスに挑戦(その1)
長年パソコンをやってきて、未だ手を染めていない一大ジャンルが「リモートアクセス」である。

何度も考えていたのだが、最大の問題だと思っていたのが「リモートアクセス受け専用の電話番号の確保」である。
自宅のアナログ電話ではそもそもムリだし、職場のFAX用ISDN回線を使うにしても、ダイヤルイン(最近はiナンバーという廉価版もある)番号を別途に取得しなくてはならない、と思っていたからだ。

ところが、引っ越しを機に電話をISDN化しよう、などと思い様々な本・記事を読んでみた。そこで、一つ思わぬ発見をしたのである。
そもそもISDNにおいては、データの受信とアナログの電話系の受信は区別されており、リモートアクセスの受けの場合には、ダイヤルイン番号などとらなくても、デジタル(DTE)のほうに着信するのである。
い ままでなぜか勘違いしてたわけで、本当に情けないのだが、分かってみればなんということはない。受け側のパソコンをTAのDTEポートにシリアル接続をし さえすれば、外部からのリモートアクセスは自動的にそのパソコン側に着信して、アナログポートに繋がっている電話やFAXには無関係ということなのだっ た。

だったら話は早い。会社でFAX用に使っているISDN回線のTAと会社の自分のパソコンをシリアル接続すれば、原理的にはそれだけでリモート接続が可能になるわけだ。

というわけで、長年の夢の実現に向けて、挑戦を始めてみることにした。

(以下次号)
1999年12月22日 14時44分14秒

99-12-07 モバイルギアに熱中他
久しぶりに書きます。
昨日、「ドット落ち」の文章を読んでくれた人からメールをいただき、「まだ読んでいる人がいるんだ」と心を強くしたので、日記の方も少しずつ書いていきます。

最近会社の後輩から「モバイルギアforドコモ」というマシンをもらいうけた。知っているは知っていると思うが、今時DOSで動くという超時代錯誤的マシンである。

しかし、それはそれでなかなか侮れない特徴がある。

1.単3アルカリで長時間駆動する
2.軽い(550グラム)
3.キーボードが下手なノートより大きく打ちやすい
そして何より
4.親指ぴゅんによって、親指シフト化できる

なんといっても4.の条件は、ウィンドウズCE機では不可能なので、親指シフターとして、キーボード付きPDAが欲しいとなると、事実上このDOS版モバギを選ぶしかないのである。
いろいろと苦労に苦労を重ね(いまさらDOSのバッチファイルと格闘するとは!!)何とか、親指シフトでメールを書き、携帯電話で送信するまでが実行できるようになった。
インターネットのブラウズに関してはまだまだなのだが(何しろDOSなのだ)、なかなか快適である。もうすっかりレッツノートを持ち歩くことはなくなってしまった。
1999年12月08日 14時49分46秒

EnCm快調になりました
先日、「メールの転送に時間がかかって実用的ではない」と書いたEmCmだが、10月からのドメイン変更後、非常に好転した。 ほぼ、リアルタイムで転送される感じである。 これなら、現在の「会社のパソコンでメールを受け、EmCm経由でJフォンに転送」というシステムが実用になりそうだ。ただ、長いメールは5通まで分割と いう設定だと、Jフォンの受信メールがすぐにいっぱいになってしまう。「昔よりましならよい」という割り切りで、分割の限度を3通に変更してみた。当面こ れでいってみるつもりだ。
99年11月10日 23時19分53秒

遅延が甚だしいEmCMサービス
無料のサービスに文句を言うのもなんだが、先日「よさそうだ」と書いたメールの分割サービス「EmCm」がよろしくない。
とにかく、転送が遅い。
メールを携帯電話(J-PHONE)に転送するに、ベッキィというメーラーを使っているのだが、直接転送した場合は、ほとんど瞬時に携帯電話に届いていた。
ところが、EmCmを介すると、下手をすると転送されるまでに半日程度もかかってしまうのである。

全文が読めるのはありがたいのであるが、J-PHONEを使っている理由の半分はメールの配信通知であるから、この調子ではちょっと実用性がない。

10月1日からドメインが変更されるそうなので、それを機会にサービスが向上するように期待して、暫く様子を見てみようと思う。
99年09月30日 00時18分55秒

転送メールをパワーアップ
モバイル環境では、J-PHONEにメールを転送しているのだが、使える文字数が限られているのが不満だった。

で、メールを分割して転送する方法はないかと思っていたところ、今日すぐれもののサービスを発見。
EmCmというサービスで(http://radio.nsj.co.jp/index.html)、無料で指定のバイト数にメールを分割して携帯電話等に送ってくれるというもの。
さっそく設定してみたが、なかなか快適だ。
これでJ-PHONEを末長く使えそうな気がしてきた。
99年09月28日 00時58分50秒

今日から日記開始
とりあえず、今最大の関心事は、モバイル時の持ち物である。
長く、ノートパソコン(レッツノートミニ)+データスコープという構成でやってきたのであるが、アイゲッティを買って以来、どうも重いノートを持ち運ぶのがおっくうになってきた。
一応、アイゲッティとケーブル、J-PHONE(パイオニアDP212)の組み合わせでメール等は読めるのだが、やはりホームページの閲覧もしたい。
速度を考えるとPHSなのだが、携帯とPHSの2丁拳銃方式はめんどう。ドッチーモという選択はあるのだが、J-PHONEのスカイメールは着信確認にはものすごく便利なので、外したくない。
などなど。

インターネット接続だけを考えると、アイゲッティのコンパクトフラッシュ型コネクタに直接させるドコモのPHS(611S)がいいのだが、プッシュ型のメール受信や移動中の通信に難があるし。

理想を言うと、611Sがドッチーモになって、しかもiモード対応というのがあれば理想なのだが……。
悩みは尽きない。
99年09月25日 21時29分44秒


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1999年2月までの日記

パソコン何でも日記 1999年2月まで

※一番上が最新です

2月×日 Jフォンでスカイウォーカー開始

「音がいいですよ」と甘言を弄して上司に買わせたJフォン端末(DP212)をただでもらい受けた。この端末は広い液晶画面を持ち、Jフォンのメールサー ビス「スカイウォーカー」の受信に特化したもの(その分普通の携帯電話としての機能に難があり、上司は結局ノキアのDP154-EXに機種変更してしまっ たという次第)。

 僕はこの2年間、京セラのデータスコープDS-110というPHS+PDA一体機を使い続けてきた。パソコンに直接挿してインターネット接続でき、パソ コンのPIMと住所録・スケジュールを完全同期できるなどの機能には非常に満足しているのだが、唯一単独でのメール機能に難があった。ニフティのメールし か使えないうえ、10キー(ボタン)での日本語入力は拷問といってもいい使いにくさ。そこでメール対応携帯電話としては最強と呼び声の高いスカイウォー カーに期待していたというわけだ。

 

結論……携帯メール端末はプッシュ型に限る!!

 で使ってみた結論だが、きわめて快適である。前回書いたとおり、ニフティ・インターネットともメールはベッキイで受けることにしたのだが、ベッキイには メールの自動転送機能がある。そこで、ベッキイを常時起動し、届いたメールを片っ端からDP212に転送してしまうように設定した(会社が専用線接続だか ら可能な技。通常のダイヤルアップ接続だと、プロバイダ側のメール転送機能を使うしかないだろう)。
 タッチペンで日本語入力できるのも魅力だが、使ってみてわかった最大の利点は、メールが転送される毎にDP212が鳴って(あるいはバイブして)知らせ てくれることだ(DP212の機能というよりスカイウォーカーの仕様)。自分で意図的にメールサーバーにアクセスする必要がない、いわゆる「プッシュ型」 というやつである。これは非常に大きい。「常に携帯する」端末でプッシュ型が実現すると、事実上メール着信をリアルタイムに知ることができる。これは、 データスコープにはまねができないし、他の携帯電話・PHS系のメールサービスのどれでも実現していない技である。
 データスコープのメリットはそれはそれで非常に大きいので、簡単には乗り換えられないのだが、当分メール受信専用という位置づけでDP212を併用してみようと思う。単漢字入力しかできない、などわずかに欠点もあるが、かなり画期的なシステムであることは間違いない。

1月×日 ニフターム・電信八号からエアクラ・ベッキイへ

 長い間使い続けてきた通信ソフトを思うところあって一新した。ニフティはニフタームからエアークラフトへ、インターネット用のメールソフトを電信八号か らベッキイへ、である。理由はいくつかある。まずニフタームに関してはメールの管理能力にずっと不満を覚えていた。ニフタームのメールは、到着順時系列で 並べ替えはできない。送信者別に選択するとか振り分けるということもできないのである。
 実は、エアークラフト自体は98のDOS時代に使用していた(8年くらい? 前)。当時から使いやすいソフトだとは思っていたが、マック時代を挟みウィ ンドウズ環境に以降してからは、ニフターム一筋だった。その後エアクラがウィンドウズに対応した、という話は小耳に挟んでいたのだが、使ってみる機会がな かったという次第。
 いざ導入してみると、もっと早く使えばよかったと思うことしきりの快適さ。メール管理は予想通り、非常に強力。それ以外でいいと思ったのは、画面を3分 割して、会議室等の情報を別のウィンドウに常時表示できる点である。ニフタームは「いま自分がどこにいるのか」が非常にわかりにくく、他の会議室等への移 動も非常に面倒だった。エアクラのほうがずっとウィンドウズのGUIを有効活用しているという印象がある

 

結局メールはすべてベッキイで一元管理

 で、インターネットメーラー「ベッキイ」である。電信八号はフリーソフトでありながら、必要十分な機能を持っており非常に気に入っていた。なぜベッキイ に乗り換えようと思ったか。それは「転送機能」が欲しかったからだ。携帯電話でのメール受信という野望があるため、届いたメールを別のアドレスに自動転送 してみたいのである。
 実際に使ってみると、ベッキイは4000円のシェアウェアというだけのことがあり、目玉の転送機能以外にもメリットが多々あった。

 


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1998年9月までの日記

しばらくの間、過去の原稿の整理と再録を行う。

取り急ぎ初期の日記類

○月×日 ペーパーポート導入

 職場を変わったのを契機に、長年の問題だった「紙の書類のパソコンによる整理」に取 り組むこととする。
 方法は、ドキュメントスキャナーの導入だ。つまり、紙の書類をイメージデータとして パソコンに片っ端から取り込んでしまおう、という目論見である。実は、同じ大学の先輩 で某新聞社勤務の人から、NHKの領収書とか貯金通帳まであらゆる「紙」をノートパソコ ンに取り込んでいるのを見せられて、いつかマネしようとねらっていたのである。
 さっそく、新宿ヨドバシカメラで偵察。どこぞのメーカーのスキャナーがなんと「5000 円」で売っている。心が動く。定番のペーパーポートは3万4000円程度。早速パソコン情 報整理の師であるF氏に電子メールを送る。返事は「形は似ていても機能が全然違うので ペーパーポートを勧めます」とのこと。
 で、即決でペーパーポート(STROBEというカラー対応の新製品、奮発して名刺OCRソフ ト付きの上位バージョン)を購入した。

 まだ、そんなに使い込んではいないが、なかなかよさげである。とにかく、紙の書類や 手紙・名刺を受け取ったら、とにかく取り込んでしまう。パソコンマニアは、机の上は整 理できないが、パソコンの中は整理する、という鉄則は生きており、昔やっていた封筒に よる「超整理法」より、なんぼかましな印象。

 ただ、このまま、考えなしに取り込み続けるといずれファイル検索の問題で行き詰まる のは明白。取り込んだ時に、忘れずにキーワードを入力しておくのがコツなのだが、この キーワードの付け方がなかなか難しい。その場しのぎでやっていると、絶対検索不能にな る。名刺に関しては「ファイル名はデフォルトのタイムスタンプをそのまま使用」「キー ワードは会社名と姓をひらがなで入力」と決めたのだが、それ以外はちょっと悩んでいる 。

 なお、注目の名刺OCRはちょっと実用には使えない感じだった。OCR用には解像度を上げ てスキャンする必要があるので、時間がかかるし、その割には認識率もよくない。イメー ジデータのまま処理したほうがよさそうだ。

○月×日 フラッシュメモリによるデータ連携を模索

 いままで使っていたシンクパッド535は会社に置きっぱなしにし、持ち歩き用にはレッ ツノートミニを買った。

 ここ数ヶ月は、「データの同期のいちばんいい解決法は同期しないことだ」という鉄則 にしたがい、シンクパッドを常に持ち歩くようにしていた。だが、ペーパーポートやCD-R OMなど、つなげるアイテムが増えるにつれ、持ち出しの時の手間がたいへんになってきた ことと、さすがに1.8キロは肩と首が耐えきれないようになってきたのが、ミニ購入のき っかけである。

 ミニそのものには、液晶のドット落ち以外はおおむね満足しているのだが、突如浮上し たのがデータの同期問題である。

 前の会社では、デスクトップとシンクパッドのシンクロに一時挑戦していたことがあり 、その時はLANでの接続をメインにしていた。

 しかし、今回はノート同士なので、もっとスマートな方法が使える。ひとつは赤外線だ 。シンクパッドに付いていたトランジットという赤外線ファイル交換ソフトを使って、必 要なフォルダをシンクロさせようというアイデアである。ところが、短時間のテストでは そもそも接続自体がまだ成功していない。もう少し研究が必要である。

 本命が、フラッシュメモリーカードによる、データの一元管理だ。これは、東芝を取材 したとき教えてもらった方法で、大容量のPCカード型フラッシュメモリに連携が必要なデ ータをすべて置くことにして、パソコンを替える時は、カード自体を引っこ抜いて次のパ ソコンにさしてしまうという方法だ。「同期しないのが一番」という考えにそったシステ ムで、非常に好ましい。

 デジカメ用の4Mのコンパクトフラッシュにアダプタを付けて試験運用しているが、な かなか快調だ。ただし、問題は価格である。メールのデータやニフティのログまで入れよ うとすると40とか60とかの容量がほしくなるが、ちょっと手が出ない金額になってしまう 。特に、ニフタームや電信八号(インターネットメーラー)は、本体と同じフォルダにし かログやメールを置けないため、フラッシュで運用するためには、本体ごと置くことにな ってしまい、容量を一段と食うことになる。

 悩んでいても仕方ないので、とりあえずやりくりしながら使うことにして、20M程度の カードを購入する予定だ。

○月×日ペーパーポートでデスクトップFAX

 4月に会社を替わったのを契機に、パソコン環境の大刷新を行った。その目玉がペ ーパーポートの導入である。ペーパーポートとは、上でも書いたが、ドキュメントスキャ ナと呼ばれる製品で、紙の書類を片っ端からイメージデータとして取り込んでしまおうと いうものである。
 まだ、机の上の書類をすべて解消するというわけには至っていないが、思わぬ副産物が あった。
 会社が田舎のほうにあることもあって、何かというと「じゃあ、後で地図を送りますよ 」というケースが多い。ところが、これが結構面倒なのだ。地図のコピーを探しだし、「 ○○様」などと書いてFAXまで移動して送る。これだけではあるが、1ボールペンとか で相手先を書き込むとその紙は使えなくなってしい、もったいない。2必要な時に限って 地図が見つからない。3そもそもFAXのところまで移動するのが苦痛だ。
 で、ペーパーポートの出番である。予め会社の地図をペーパーポートでスキャンしてお くと、地図のサムネールをFAXのアイコンにドラッグするだけで、後はFAX番号を入 力するくらいで勝手に送れてしまう。デジタルデータの醍醐味は「使い回し」にあるのだ が、地図はその典型ともいう例。これだけでも導入の意味があった。ただ、マイクロソフ トFAXは信じられないほど使いにくいソフトなので、何とか市販のFAXソフトに替えた いのだが、ショップで見ると妙に高いので手が出ないのが悩み。

○月×日 ドット落ち問題その後

 論説として「液晶ドット落ち」問題をあれこれ問題にしたが、私のレッツノートミニ自 体は、全然別の形で解決してしまった。
 まず、購入後、1週間もしないうちに、次のような深刻な不具合が発生してしまった。
1 ウィンドウズ95上で使っていて突然画面がフリーズしたりブラックアウトしてして   しまう。そのまますべての操作を受け付けない。電源のランプは点灯したまま。
2 その後、リセットスイッチで単純に復帰する場合と、リセットスイッチ自体がまっ   たく効かない場合がある。
3 リセットスイッチが効かない場合は、電源コードを抜きバッテリを抜いてから、再   度電源を入れると復帰する。
4 こういった「突然の停止」と「起動不能状態」は、必ず起きるわけではない。
ただし、レジュームからの復帰の際に頻発する傾向がある。
 自力では、どうにもならないので、修理に出すしかない。ショップ(ラオックス)に持 っていくか、松下のサービス窓口に出すか悩む。ラオックスには悪い印象を持っていたが 、「良品交換なら理論的にショップしか受けないはず」「そもそも日曜日以外は行けない 」という理由で、ラオックスに持参することにする。
 とはいえ、この手の不具合はショップの店頭で再発するとは限らないので「あなたの使 い方が悪い」とか言って追い返されたりしたらどうしよう。いやラオックスの今までの対 応を考えると十分あり得る。うまく不良品と認めさせても、修理扱いで何週間も待たされ るに違いない。そうなったら、今度こそ「はらだち日記」(雑誌「特選街」の)に投書し てやる。などと心は乱れる。
 前回(液晶ドット落ちのクレーム)の時と同じ人がいたらイヤだなあ(何しろ「ラオッ クスでは二度と何も買わない)と啖呵を切ったもので)と思いつつ、今度はキャッシャー ではなく、「ノートパソコン相談窓口」なるところに持っていく。整理券方式なのだが、 待っていたはずの人がみんな帰ってしまっていたようで、すぐに順番が回ってくる。
 説明をして、現物を渡す。担当者は何を言うわけでなく、淡々と操作を始める。
案の定再発しない。ところが、彼はじっと黙ったままたあれこれいじり続ける。立ってい るのが疲れたので、自販機コーナーのイスに移動し持参したマンガを読む。延々30分後、 「○○さん」と名前を呼ぶ声。
「故障を確認しましたので、交換します」と一言。あっさりした結末にうれしいやらとま どうやら。「突然落ちちゃったんですよ」と言いながら彼は、新しいミニを持ってきて、 あれこれ手続きをしてくれる。今度は、ウィンドウズの名前の登録も勝手にやってくれた うえ、バンドルの増設メモリも代わりに装着してくれるというサービスぶり。
 ラオックスへの悪印象が一気に解消(?)したという次第。
 ちなみに、この交換後のマシン、すこぶる快調で、しかも液晶のドット落ちは0である 。「液晶ドット落ち」「突然フリーズ」とトラブルに続々遭遇し、「ノートパソコンを購 入するのは実にリスキーだなあ」と思っていただけに、現在の快適さがうれしい。
※ちなみに今回の不具合は、ニフティのFPANAでは、「例の現象」として非常に話題にな っている。かなりの確率でミニの起動不能状態は起こるらしいのだ。

○月×日 「簡単WEB」で98のデータを救出成功!!

 今の職場には、エプソン486GFという98互換機がある。DOSのデータベースソフト「桐」 で制作データの管理をやっていたのだが、今は全社を挙げてマック環境に移行したため、 まったく使われていない。しかし、データ自体は貴重なものなので、なんとか救出したい と思っていた。
 いったん自分のシンクパッドまで持ってくれば、ウィンドウズ版桐でデータコンバート してエクセルのファイルにするなり、いろいろ方法はあるわけだ。問題は、ひとつ一つの ファイルが何メガもあるので、フロッピーでは移動できない点。こういう場合、方法はい くつかある

  • 1.圧縮した上分割してフロッピーで運ぶ
  • 2.シリアルケーブルでファイルをやりとりできるツールを使う
  • 3.LANを使う
  • 4.何らかの大容量メディアを接続する

 さんざん考えたのだが、1.や2.は面倒、4.は経費がかかりすぎるということから、LAN 接続に挑戦することにした。ウィンドウズ95同士なら簡単だが、DOSが相手(しかも98) となるとよく考えなければならない。そこで思いついたのがメルコのLANカードに付属し ている「簡単WEB」というソフト。これを98側に入れ、メルコのホームページからダウン ロードできる「WEB95」というソフトを95(シンクパッド)側にインストールすれば、フ ァイルのやりとりが可能になる。
 念のためパソコンLANの権威O類(正体はいずれ明らかになるであろう)にメールで問い 合わせる。「セキュリティが一切ないですけどよいですか」との由。今回は全然問題ない 。早速、秋葉原に飛び、メルコのLANカードLGY-98J-Tを税別7800円で購入。出費はこれだ けだ。
 結論から言うと大成功だった。WEB95はIPX/SPXを使うので追加しておく必要があるが、 それ以外にソフト的な設定で困る点はほとんどない。一発接続であった。LAN関係でここ まで簡単なものは他に例がない。タイトルに偽りなしである。メルコ偉い!!
 むしろ問題だったのは、486GFにLANカードを挿した時点でのハード的な設定だった。な にしろ挿した途端にまったく起動しなくなってしまうのだからまいった。O類にきこうか と思ったが、自力であれこれ試してみる。本屋で98関係の書物を探すが、なんと全然売っ ていない。「INT(割り込み。ATで言うIRQ)がバッティングしているのでは」と思いつく のに2日かかった。原因としては、SASIとSCSIの2枚のボードが刺さっていたため、どっ ちかがLANカードのデフォルトである「INT0」を使っているということのようだ。結局、L ANカード付属の設定ソフトでINTを変更して事なきを得た。
 かつては、「DOSバスター」の名をほしいままにしていた私だったが、ブランクがある と辛い。それにしても今さら(ウィンドウズ95どころか98まで出たこの世紀末に)PC98の 割り込み設定で苦労するとは、貴重な体験をさせてもらった。

 


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2008年8月23日 (土)

ソースネクストのウィルスセキュリティと訣別

価格が気に入って、表題のソフトを全所有パソコンに入れていたのであるが、何か使い勝手が悪く、困っていた。

たとえば、特定の公衆無線LANに接続できない、など。

決定的だったのが、ドコモ「ポケットU」というサービスがらみである。これは、ドコモの携帯電話から自宅のパソコンの映像系コンテンツを再生できるというなかなかユニークなサービスなのだが、注意書きに「ソースネクストのウィルスセキュリティでは、使えません」と明記してある。やっとわかったのであるが、このセキュリティソフトは、ファイヤーオール機能がむちゃくちゃで、外部からのアクセスをすべて遮断してしまうのである。
しかも、ファイヤーオール機能をオフにしたのでは駄目で、「ポケットU」のようなサービスのためには、ウィルスセキュリティ自体を「アンインストール」しなくてはいけない、ということなのである。

4ライセンスも買っていたので抵抗があったのであるが、決断をしてマカフィーのセキュリティソフト(3ライセンス付き)を導入。
これが大成功。前述のポケットUを含めて今まで何か挙動がおかしかったネットワーク系のあれこれがすべて解決してしまった。

家庭内LANとか使わない素人さんにはいいのかもしれないが、こればっかりは「安かろう、悪かろう」だった。いい教訓である。

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